【特別養護老人ホームのケアワーカー】介護の現場が人手不足で心身ともに病むが、人間関係の良さが救いで頑張れた話

【特別養護老人ホームのケアワーカー】介護の現場が人手不足で心身ともに病むが、人間関係の良さが救いで頑張れた話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
特別養護老人ホームで無資格のケアワーカーとして働いていた。

【当時の住まい】
実家の賃貸一軒家で親と同居。
2年後の部署移動時には実家の持ち家のマンションで親と同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
新卒で就活をしていて、特にやりたい仕事もなく第一志望の企業もなかったが、それまでの経験から接客業が好きなことに気づき、人と接する仕事がしたいと考えるようになった。
介護職は最初はしたくないと思っていたが、介護も人と接する仕事だと考えるようになり、まずは施設見学に参加してみたところ思っていたより楽しそうな仕事に見えたので、面接を受け、内定をもらって就職することとなった。

【環境と仕事内容】
特養では自分は特に役職などはなく、ケアワーカーとして勤務していた。
建物自体は3階建てで、1階がデイサービス、2〜3階が特養という形の施設で、特養は1フロアに基本的にいつも4名ほどのショートステイの利用者がいた。
特養の入居者は要介護度が高く、自分で歩いたりトイレに行ったりできない人が多かったこともあり、基本的に落ち着いている人が多かった。
ショートステイ利用者はその時々の利用される人によって波があり、帰宅願望が強く施設内を歩き回ったり、脱走しようとしたり、暴れたりする人もいた。
日勤と夜勤どちらもあり、夜勤は月に多くても3回までと決まっており、明けの翌日は基本的に休みと決まっていたので負担は少なかった。
施設内全体で6〜7連休が取得できたり、普段から有給を使いやすい環境だったりしたので休日は安定して確保できていた。
給与は高くはないが、特養では早出、遅出、夜勤にそれぞれ手当が出ていたため、それなりに納得した金額をもらっていた。
デイサービスに異動してからはすべての手当がなくなったため、月給手取りが3万円ほど減った。

【大変だった時期】
大学新卒で就職し、その初年が最も大変だった。
その後1年くらいで慣れてきて大変なのはいったん落ち着いたが、就職から2年後に部署移動があり、その時もまた大変だった。




【大変だったこと】
人間関係もよう福利厚生も手厚かったが、職業柄、腰痛やメンタル不調などで体調を崩し、長期で休む人が多かったため、欠員が出ることによって出勤している別の職員がまた体調不良になって…という悪循環によりどんどん人が少なくなっていったことが大変だった。
帰宅願望の強い利用者の対応に追われていたり、手のかかる利用者に手を取られていたりする間に見守り不足になったり、利用者や入居者に呼ばれてもすぐに対応できなかったり。
とにかく人が多ければゆとりをもってできる支援もいつもかつかつで、イライラしやすくなっていた。
特に夜勤は1フロア30人の利用者と入居者に対して職員一人で、片方のフロアの休憩2時間の間は60人対1人になるのが特に大変で心身ともに大変だった。
自分自身夜に弱くて夜勤自体がしんどかったことも大きい。

【大変だった期間】
私が辞めるそのときまで続いていた。




【当時の心境】
夜勤は本当に苦痛で精神的にも身体的にもしんどく、辞めたいと思っていた。
けれど人間関係は良かったので、休憩時間や大金後にイライラしたことや大変な気持ちを共有したり、飲みに行って発散したりすることができたので辞めたいという気持ちだけでとどまることができていた。
とにかく先輩後輩同期関係なく、一緒に働く人間がみんないい人で、尊敬できる上司と一緒に働くことができていたため、楽しいという気持ちを持って働くことができていたと思う。

【職場が大変だった原因】
人手不足がすべての原因だと思う。
人間関係はよかったので特定の人物や会社が悪いわけではなく、職業柄体調を崩しやすいので仕方ないことだと思う。




【仕事で良かったこと】
利用者や入居者のこだわりや習慣などをできるだけ把握していくことで「よくわかってる」と喜んでもらえたり、満足している様子が見られたときは嬉しかったし、ありきたりだけど「ありがとう」の言葉をもらうことが一番やりがいを感じた。
また、利用者や入居者だけでなく、職員が大変なときにできるだけ困らないように先手を打って仕事を片付けたり、自分なりに助けになることを考えて実行しておいたら「助かった」と言ってもらえたときは、達成感があり嬉しかった。




【特にひどかった最悪の出来事】
就職して間もない、まだプリセプターという直属の先輩がついてくれている期間の夜勤中に、新人に嫌がらせをしてくる入居者のおばあさんがいた。
何度パット交換をして、きちんと当てても「これじゃあかん」と何度もいちゃもんを付けてきて、他の入居者の排泄時間が間に合わなくなるのである程度何度か直して立ち去っても、狂ったようにケアコールを鳴らされ、何度も訪室してまたパットを直して、罵声を浴びせられて...を繰り返して、他の入居者の排泄時間も間に合わず、尿もれの更衣やシーツ交換が続き、さらにその後の排泄時間も間に合わず…と悪循環になっていた。
イライラする気持ちと焦る気持ちの中で、何度も何度もなり続けるその入居者からのケアコールに耐えられなくなり、倉庫の中で涙を流しながら倒れてしまい、最終的にはそれに気づいた先輩に助けてもらった。




【相談した人・助けてくれた人】
同じフロアの先輩にはたくさん愚痴をこぼした。
フロアリーダーと面談する機会も与えられていたが、その時だけでなく休憩時間などでも愚痴を聞いてもらったり、相談したりしていた。
そのときにかけてもらった言葉というより、気持ちを否定せずに共感してもらえることが救いになった。

【改善のための行動】
入居者に対して苦手だからと関わらないようにすると逆効果だと思って、嫌な顔をされてもできるだけ顔を見せて挨拶や声掛けをするようにした。
また新人に対しての嫌がらせは特に夜勤中がひどかったので、まだ雰囲気が柔らかい昼間にできるだけ交流する機会をもつようにした。
その入居者とは仲良くなる前に死別してしまったので良好な関係は築けなかったけど、自分自身のなかで苦手意識が薄れていったので夜勤中も嫌がらせをうまくかわせるようになった。




【現在の状況と心境の変化】
介護をしていた当時は楽しいこともありながらも、大変なことが多く、それに加えて他にやってみたい仕事があったりしたこともあって「やめたい」と思って働いていた。
新卒入社から3年経って転居を伴う結婚を機に転職し、現在は介護職を離れているので、今は「なんだかんだ介護の仕事楽しかったし、またやりたい」と思っている。

【学んだこと】
とにかく自分がしんどいときは人を頼る、その分人がしんどいときは助ける。
苦手なことから背を向けるのではなく、向き合ってうまく交わす術を身に着けることで後々自分が楽になり、経験となるということ。



【当時の自分へのアドバイス】
どんなに嫌なことが続いて体がしんどくて精神が不安定でイライラが止まらなくても、利用者や入居者はもちろん、一緒に働いている職員にも反発するような態度をとったり言動を見せてはいけない。
絶対に自分を省みて後悔するし、いいことがない。
愚痴を吐いてもいいし、しんどかったら一人で抱え込まずに職員に助けてもらう勇気をもって、人に対して悪態をつくことは絶対に避けた方がいい。