【訪問介護・ヘルパー2級】先輩・上司・経営者が最悪。職員を「お前」扱いの職場!やりがいは利用者とのつながりだけでした。

【訪問介護・ヘルパー2級】先輩・上司・経営者が最悪。職員を「お前」扱いの職場!やりがいは利用者とのつながりだけでした。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
32歳

【当時の職業】
訪問介護・ヘルパー2級

【当時の住まい】
アパート暮らし、4歳の娘と2歳の息子。
主人は単身赴任でした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
子供がまだ小さく保育園に出していない時期でした。
4歳と2歳の子供を見ており、主人は単身赴任でした。
専業主婦も主人に申し訳ない気持ちになり、時間の融通が利く訪問介護の仕事を選びました。
一件仕事が終わったら、自宅に帰ったりできたので。
しかし、ヘルパー2級の資格を持っていただけで経験はありませんでした。

【環境と仕事内容】
訪問介護で一日何件の訪問、といった仕事内容でした。
おむつ交換や家事・掃除の訪問、デイサービスの送り出しなど。
訪問介護としては5人ほどの職員。
利用者さんは元気な方から認知のある方、寝たきりの方など様々。
訪問は自家用車で行かなくてはいけなかったのでガソリン代もかかりました。
一件800円から1200円でした。
多い時には一日7件訪問していました。

【大変だった時期】
まず経験がないということで初めての経験ばかりだったので慣れるのに大変だったのと、先輩が一度で全て覚えろというスパルタの教え方だったので初めの一年が大変でした。




【大変だったこと】
先輩がとても厳しく、利用者の前でも怒る人でした。
あまりにも毎日ぐちぐちと言われるので、「私に八つ当たりしないでください!」と言い返したこともあります。
私の経験が浅いのが気に入らないのか、完璧主義なのかわかりませんが、とにかくいつもイライラしている人で、上司ともよく言い合いしている先輩でした。
また、その病院の奥様がいろいろ仕切っていて、職員の名前を覚えず、「おまえ!」と呼ぶ人でした。
給料計算も奥様がしていましたが、よく間違えていて、間違えていることを伝えに行くと、嫌みを言われるという、最悪な病院でした。
休みも週に1回しかもらえませんでした。
とにかく仕事を詰め込まれ、初めは時間に融通が利くので始めた仕事だったはずなのに、仕事に全てを支配されるほどの忙しさでした。

【大変だった期間】
3年続けて介護福祉士の資格を取って辞めました。




【当時の心境】
同僚が2人いて、その2人とはつらさを共有できたのでそれだけが救いでした。
介護福祉士の資格がとれる3年だけでも我慢して働こうと、それだけで通っていました。
利用者さんとは家族のように仲良くなり、辞めるのはとても辛かったです。

【職場が大変だった原因】
職員の人数がいないこと、先輩がとても厳しいこと。
責任者の職員も最悪だったこと。
またさらに病院の経営者も最悪だったこと。




【仕事で良かったこと】
利用者さんや、その家族とはとても仲良くなって、家族のような存在でした。
亡くなった時は泣いて泣いて、次の訪問に行けないほどでした。
辞める時にも、あんなに辞めたかったのに、自分がもう利用者さんに会えなくなるのが辛くて、辞めるのをためらいました。




【特にひどかった最悪の出来事】
会社の飲み会があり、仲の良い同僚で盛り上がって楽しく終わりました。
が、次の日、奥様に挨拶せずに帰ったと、特に私たちだけを名指しされ、職場の部屋に奥様が乗り込んできて、いろいろな言葉で罵られました。
また、「おまえ!」呼ばわりで、「お前たちだけだ。
挨拶もなしに帰るのは!」
と言われました。
挨拶なしで帰ったことを謝っても許してもらえず、永遠に正座で説教をされました。
そのあとの対応もきつく、給料はずっと上がらないままでした。
奥様に気に入られないといられない職場だったので最悪でした。
何につけても悪者扱いでした。
どれだけ一生懸命働いても上の経営者がそんな感じなのでなすすべなしです。
とにかく資格を取るだけいようと頑張りました。




【相談した人・助けてくれた人】
同僚二人と食事に行って、悩みを聞いてもらったり、頼りになる看護師さんに聞いてもらったりしました。
尊敬している方からの言葉は救いになりました。
何が正しいのかわからなくなることがあり、人に聞いてもらうだけでも自分の考えを整理できました。
身体的にもつらい時には子供たちの「おかえり」が癒しでした。
母にも子供たちを見てもらって助けてもらっていました。

【改善のための行動】
先輩に罵倒されたときに同僚が味方してくれ、助けてくれました。
本当に心から救われました。
誰も助けてくれなかったら、その時点で辞めていたかもしれません。
何とか続けることができました。
考えを共有できる同僚がいることはとても大事です。




【現在の状況と心境の変化】
以前は分からないことだらけでどういう風にしたら利用者さんが喜んでくれるのか、効率良く仕事をこなせるのか、全く経験できておらず利用者さんとのコミュニケーションも上手くとるのが難しかったです。
特に認知の利用者さんとはどのように対応したらよいのか。
今は経験で対応策も考えられるようになりました。
今は一番職場の同僚の仲が良いのでそれが大事だとも感じています。
それを作るのはいつでも自分自身です。

【学んだこと】
厳しい上司にはどのように対応したらいいのか、どのようにしたら仕事を効率よくこなせるのか、たくさん学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
何事も経験になる!頑張れ!と言いたい。
辛かったことも、頑張ったことも後で思い返せばいい思い出になっています。
辛かったことほど忘れられない思い出になっています。
仕事はなんでも楽しいことばかりじゃない。
辛いことのほうが多いかもしれません。
それをどれだけ楽しむように考えを変換できるか、それは今でも私のテーマです。