【介護支援】介護療養型医療施設を理解していない上司に振り回された私。定年まで勤めたかった職場から45歳の時に退職した話。

【介護支援】介護療養型医療施設を理解していない上司に振り回された私。定年まで勤めたかった職場から45歳の時に退職した話。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
45歳

【当時の職業】
介護療養型医療施設の介護支援sています。

【当時の住まい】
嫁と2人で、アパート暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
高校卒業後に就職した会社の業績が悪化して、賞与が出なくなり昇給もしなくなって将来に不安を感じていた。
介護は仕事が多くて、安定していると考えたから。

【環境と仕事内容】
介護療養療養型医療施設に、介護支援専門員として勤務していた。
介護職が少ないので朝から昼食の介助まで介護業務を行って、午後から介護支援専門員業務を行っていた。
午後も介護職員が忙しいとコールに対応したり、検査やレントゲンなどに連れて行く介助もしていた。
他の職員は介護支援専門員の業務ができないので、当直の時に仮眠時間を削って業務を行っていた。
また、法人の方針で医療の病棟に転換する計画があったので、介護度が高くて痰吸引など医療行為が必要な入所者の退院支援も1人で行っていた。

【大変だった時期】
25歳の時に転職して32歳の時に介護支援専門員を取得し、居宅介護支援事業所に勤務していた。
42歳の時に異動の辞令が出て、介護療養型医療施設に勤務していた時が大変だった。




【大変だったこと】
勤務していた医療法人には2つの回復期リハビリテーション病棟があり、その病棟には相談員が2人ずつ配置されていた。
私のように介護業務は行っていないのに、期限内に退院させる事ができなかった入院患者を介護療養型医療施設に転棟させていた。
介護療養型医療施設39床に対して2つの回復期リハビリテーション病棟の合計は84床なので、いつもベッドの稼働率が悪いと注意されていた。
また、2つの回復期リハビリテーション病棟の期限内に退院させる事ができない患者がいると、期日までに介護療養型医療施設の患者を退院させて回復期リハビリテーション病棟の患者を受け入れられるように上司から圧力をかけられていた。
私には入院患者の受け入れを決める権利が全くないのに、退院が滞ると上司から注意されていた。

【大変だった期間】
42歳から45歳までの3年間




【当時の心境】
無資格で異業種から転職した私を採用してくれて、介護支援専門員も取得できたので職場には物凄く感謝していた。
どんなに頑張って退所させても2つの回復期リハビリテーションから次々と患者が転倒してくるし、その度に上司から圧力をかけられていた。
定年まで勤務したい気持ちはあったが、今の状態で自分自身は精神的・体力的に持たないのではと徐々に考えるようになった。

【職場が大変だった原因】
私が異動する前に介護療養型医療施設で介護支援業務を行っていた人も皆で、同じような経験をしているので法人の体質に問題があると考える。




【仕事で良かったこと】
3年間勤務していた間に、ほとんどの入所者は有料老人ホームなどの他の施設に退所していった。
しかし、1人だけ家族と何度も話し合いを重ねて自宅に退院する事ができて、退院後も介護サービスを利用しながら在宅生活を継続ぇきている方がいた。
その人に会う度に良い支援が行えたと、やりがいを感じる事ができた。




【特にひどかった最悪の出来事】
勤務中に保険者の実地指導が、入る事になった。
介護報酬を返還する事になったら介護支援専門員の責任だと言っている上司がいると、他の職員から聞いた。
勤務時間内に書類を整備するのは、どう考えても不可能だった。
しかし、返還にならないように、自分なりに頑張ってみようと考えた。
毎週休みの前日は夜中まで、休日も出勤するなどして書類の整備に取り組み実地指導の当日を迎えた。
見事に返還を免れる事ができたので、何度も業務の改善を上司に提案した。
しかし、提案を全く受け入れてもらう事ができなかったので退職したいと言うと、すぐに退職が認められた。
実地指導の後も一度も誉められる事はなかったし、今までと同様に業務を行っていた。




【相談した人・助けてくれた人】
異動前に勤務していた居宅介護支援事業所の上司に相談して、実地指導を乗り切る事ができた。
その上司は実地指導後に、退職してしまった。
その上司が退職する時に、無理をして自分がダメになったらおしまいだ。
そうなる前に逃げても決して恥じではないと、言ってくれたのが救いだった。

【改善のための行動】
自分の大変さを分かってくれる人が、他にいないのが現状だった。
そのような状況の中で、自分1人だけが声を出しても大変な状況を改善する事ができなかった。
同じ部署にいる他の業種の職員や以前介護療養型医療施設で介護支援業務を行った事がある職員も巻き込んで、大変な事を改善する為に動くべきだったと考えている。




【現在の状況と心境の変化】
45歳の時に退職して、現在は他の居宅介護支援事業所に勤務している。
前職より勤務時間が長くなったり、通勤に掛かる時間も増えた。
居宅介護支援事業所を離れている間に制度の改正があったので、覚える事が多くて大変で給料と休日も減っている。
転職して3年程経つが仕事以外のストレスは、かなり減ったように感じている。

【学んだこと】
大変な状況を改善しようと、どんなに頑張っても簡単に変える事はできない。
自分がダメになってしまったらおしまいなので、そのような時は逃げる勇気が必要だと学んだ。



【当時の自分へのアドバイス】
大変な状況を1人で抱え込まないで、声を出しましょう。
1人だけでなんとかしようと考えないで、周りにいる人達にも助けを求めるようにしましょう。
それでもダメな時は、そのような状況から逃げましょう。
逃げる事は決して、恥じではありません。
自分がダメになったら、全ておしまいです。
そのような時に逃げる事は、恥じではなく勇気のある行動です。