【生活相談員(社会福祉士主事)】誰かのため、誰かの笑顔のために入った世界が、ここまで人間の闇の世界だとは思わなかった

【生活相談員(社会福祉士主事)】誰かのため、誰かの笑顔のために入った世界が、ここまで人間の闇の世界だとは思わなかった

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
45歳

【当時の職業】
生活相談員(社会福祉士主事)

【当時の住まい】
賃貸マンションで妻と二人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
その他





【就職のきっかけと経緯】
震災をきっかけに誰かのために仕事をしたいという気持ちが強くなったため、20年働いた企業を辞めて介護の世界へ飛び込みました。

【環境と仕事内容】
施設全体の運営状況の把握と運営、利用者・家族からの苦情対応、事故報告対応、施設設備の管理、レクリエーション活動の立案実行、職員は60名程度で生活相談員は1名、日勤にて勤務、休日はシフト、給与は相場よりも高い、利用者からは信頼され頼られるが様々な事を依頼される。
施設運営について行政の対応もするため施設の全ての事を把握しなければならなかった。

【大変だった時期】
その職場で無資格未経験だったので、非常勤での現場からスタートして、介護の資格を取得後に正社員となり、入職2年弱で生活相談員へ昇格しました。
それから大変な時期に入っていきます。




【大変だったこと】
会社がまだ若い会社であったから、企業として当たり前のことが出来ていなかった。
例えば給料の計算を間違ったり、ボーナスの月数を間違うなど。
本社が各施設の運営を管理しているが、いちいち細かい事まで首をつっこんでくるため、その本社対応のために多くの時間をとられてしまっていた。
さらに施設にはお局が存在しており、そのお局と本社が繋がっていて、何かあるとチクリを入れ、お局は自分の仕事をせずに他の人の仕事などに首を突っ込んできて、とにかく引っ掻き回す。
施設長でもそのお局には口を出せないでおり、お局からは休日・夜間問わず、大した内容でもないのに電話がかかってきていた。
口を出すのに何もやらないので、とにかく自分の業務量が膨大に膨れ上がり、日勤ではあったが深夜まで書類業務等を行っていた。
クレーム対応もしんどかったが、クレームが発生すると役職者達がその案件から逃げるため、よけにしんどかった。

【大変だった期間】
生活相談員でいた期間3年丸々、その大変さは続きました。




【当時の心境】
誰かのために仕事をしたかったのですが、本社やお局の対応のために仕事をしている自分に嫌気がさした。
だけども利用者とレクリエーションで出かけたり、部屋を回ってお話をした時の笑顔を見ると、少しは前を向く気持ちになれた。
でも、次の社会福祉士の資格をとったら辞めてやると誓っていた。

【職場が大変だった原因】
基本的に特定の人物のせいです。
本社の経理、本社の運営管理の一人、施設のお局、これは会社の体質のようにも思えますが、この意見を強く言う人が自分の正義を振りかざす事は、私がいた職場では合っていないと思います。




【仕事で良かったこと】
誰も考えもつかない外出レクを立案しそれを実行したこと。
利用者のためにできる限りの要求を聞いて、それに対応したこと。
すべては利用者の笑顔や満足度が自分の達成感に繋がっています。
また、その利用者の満足度はご家族の満足度にもつながり、信頼を得られるという結果になりました。




【特にひどかった最悪の出来事】
とある事故が発生したときに、お局とその彼氏が常に犯人捜しをしていました。
事故が起きた場合、原因と対策、今後のリスク等を検討していかなければならないが、誰がやったか?をまず探し、そして検討をつけたスタッフを呼び出して問い詰めていたました。
やっていないのに犯人扱いされたスタッフは次の日から出てこなくなったのです。
私と信頼関係のあるスタッフでもあったため、そのスタッフが事故を起こしたとは考えられないものはあったものの、彼を守ることができませんでした。
その時に自分の無力さを知りました。
彼は結局訴えを起こして裁判ざたになったのです。
自分に対しての最悪の事をされたというエピソードではないですが、普段何もせずに口ばかり出してきて、決断のできない役職者が起こした出来事は、本当に忘れられません。




【相談した人・助けてくれた人】
相談というか愚痴は話しあっていました。
同僚の信頼できる人達数名に話をして、「今後はこの介護の世界を変えていきたいね」という話をよくしていました。
その同僚達は別の役職ですが、一緒にやっているという話ができて救われました。

【改善のための行動】
大変な事を改善するために頑張った事は、とにかくそのお局や本社に自分を認めさせる事、つまり施設の全てを把握して施設長と運営をコントロールするように努力しました。
しかし、自分が全ての事をできるようになったため、お局や本社の人達は逆に頼るようになり、業務量は増えていきました。




【現在の状況と心境の変化】
自分が辞める覚悟で仕事をしていたことを社長に見抜かれて、社長から異動の話をもちかけられて、違う役職で違う施設へ異動しました。
結果、その最悪な施設からは逃れたのですが、異動先にはまたお局ととりまきの派閥があって、介護の世界ってこういう世界なのか・・と割り切るようになりましたが、新しい職場でのお局は人を辞めさせぐらい追いつめるので、人員が足りなくて非常に苦労しました。
最後の方は派閥組がいなくなり、安定した施設となりましたが、やはり本社が変わらないため、退職しました。

【学んだこと】
人との繋がりはとても大切であり、だけどそれは慣れ合いではないけない。
そして介護の世界だけではないが、自分の正義が相手の正解ではないということ。
正義を押しつける職場は成長はしない。
相手を尊重し共感して受け止め合い、そこからチームワークは生まれ施設はよくなるという事を学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
正義は勝つ。
時間とともに会社もその施設の何が悪なのかを必ず理解する日がくる。
だけど自分が何かをして人をどうこうするのは、難しいので社長に相談すればいい。
社長は全ての決定権を持っているし、一人のスタッフの話を聞いてくれる。
あと大事な仲間も強い者に巻かれてしまうので、信じれるのは自分だけだ!辞める決断はもっと早くてもいいと思う。
いい給料にこだわってはいけない。
自分の心を大切に!